ICBM配備すれば米本土も「人質」…「同盟」の寸断を許してはならぬ 防衛大学校教授・倉田秀也

 下記は、2017.7.12 付けの【正論・北朝鮮ICBM発射】です。

                       記

 北朝鮮の核ミサイル開発を目の当たりにするたび、脳裏をよぎる金正恩朝鮮労働党委員長の発言がある。2013年3月末、金正恩氏は朝鮮労働党中央委員会総会で核開発と経済建設の「並進路線」を掲げつつ、「戦争抑制戦略」と「戦争遂行戦略」を提示した。

≪完成に近づく「戦争抑制戦略」≫

 「戦争抑制戦略」と「戦争遂行戦略」は相互に排他的ではないとはいえ、在日米軍基地を捉える中距離弾道ミサイル「スカッドER」など、最近の北朝鮮による弾道ミサイル発射は「戦争遂行戦略」を念頭に置いていた。そこで北朝鮮が「精密打撃」能力を誇示したように、「戦争遂行戦略」では、基地攻撃が可能な弾道ミサイルの高い命中精度が求められる。

 これに対して、「戦争抑制戦略」は米国に第一撃を躊躇(ちゅうちょ)させる第二撃能力に担保される。そこには弾道ミサイルの命中精度よりは、米国の人口稠密(ちゅうみつ)な都市に到達できる射程と多くの人命を奪い、産業基盤を壊滅する破壊力に力点が置かれる。

 大陸間弾道ミサイルICBM)こそ「戦争抑制戦略」の中枢に位置づけられるが、一般に、ICBMの射程とされる5500キロ以上は、冷戦期の米ソ軍備管理交渉で合意された定義であり、ソ連北西部と米国北東部のカナダとの国境の最短距離に由来する。米ソ間で定義された射程が、北朝鮮の「戦争抑制戦略」で特段の意味をもつわけではない。

 確かに、観測される通り「火星−14」が5500キロ以上の射程をもつとすれば、アラスカを確実に収める。だが、北朝鮮が人口稠密とはいえないアラスカを標的にして、米国による第一撃をためらわせるとは思えない。

 北朝鮮ICBMが「戦争抑制戦略」を構成する兵力として意味をもつのは、東西海岸の主要都市を捉える射程1万キロ以上と考えてよい。米国がその射程をもったと認識するまで、北朝鮮は発射実験を繰り返すことになる。

≪核ミサイル配備で対抗した欧州≫

 米本土の主要都市を射程に収めるICBMを実戦配備すれば、北朝鮮は通常兵力、短・中距離ミサイルですでに「人質」を取っている韓国、日本に加え、米本土も「人質」に取る。そのとき、北朝鮮は同時に、米韓・日米同盟を寸断する戦略空間を得る。

 この文脈で想起すべきは、1980年代の欧州の経験だろう。ソ連は70年代後半、欧州大陸西端までを射程に収めながら、米本土には到達しない射程の中距離弾道ミサイルSS−20を配備した。大西洋同盟を寸断しようとするソ連の意図は明らかであった。

 これに対し北大西洋条約機構NATO)は、SS−20を撤去しない限り、地上発射の中距離核戦力(INF)「パーシングII」と巡航ミサイルを配備する意思を固め、大西洋同盟を再び修復しようとした。80年代初頭、欧州でINF交渉が展開されたものの後に頓挫し、NATO側は「パーシングII」と巡航ミサイルの配備に踏み切ることになる。

 ICBMをすでに実戦配備した後、射程の短いSS−20を配備したソ連に対し、北朝鮮は中距離からICBMへと射程を延ばしている。ソ連とは逆方向をたどっていることになるが、結果的に米国との同盟関係を寸断する効用をもつことでは共通する。

≪80年代のNATO凌ぐ危機感を≫

 北朝鮮が米本土を攻撃できるICBMを実戦配備すれば、朝鮮半島への軍事介入を遮断できると認識し、対南武力行使の誘惑に駆られるかもしれない。

 軍事停戦後、米韓同盟は非正規戦などを抑止できないとしても、正規軍による対南武力行使は抑止できると考えられてきた。だが、2010年の韓国海哨戒艦「天安」を黄海の底に沈め、延坪島に砲弾の雨を降らせた例を挙げるまでもなく、それも「神話」と化しつつある。これらはいずれも正規軍による武力行使であった。

 遠くない将来、北朝鮮が米本土の主要都市に到達するICBMを実戦配備し、大規模な対南武力行使を敢行すれば、それは日米同盟にも波及しかねない。核使用の意思を示す米国に対し、北朝鮮は「戦争抑制戦略」の下、ICBM発射の意思を示し、それを相殺しようとするであろう。そこで米国の核使用の意思が揺らぐなら、それは日米同盟が寸断されることに等しい。

 NATOがSS−20を撤去させるべく、ソ連に突きつけた地上発射の中距離核戦力は、冷戦終結で全廃され米国の手にはない。仮に米国にそれがあったとしても、北朝鮮が同盟関係を寸断できる戦略空間を放棄するはずはない。

 北朝鮮ICBM実戦配備は、阻止されなければならない。だが同時に、それが阻めなかったときの同盟関係の修復も、議論されて早すぎることはない。80年代のNATO以上の危機感があってしかるべきである。

 (防衛大学校教授・倉田秀也 くらたひでや)

 http://www.sankei.com/column/news/170712/clm1707120006-n1.html